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雉虎猫はアルペジオの夢を見るか?                          

考えたことなど

相変わらず文字にまみれた生活をしているが、この時期になると数字にもまみれる。

そう。個人事業主の宿命、確定申告だ。

で、「今年こそは毎月、いや四半期ごとでもいいから領収書の整理をするぞ~」と決意するのも毎年のことではある。

なんかね、この半端な決意がないと「ああ、今年度ももうすぐ終わるんだなぁ…」という気がしないというか、新年度を新たな気持ちで迎える心構えができないというか。

恒例行事みたいなものかね。(いいのかそれで?)

 

いまは数字に飽きて、1ヵ月半もほったらかしていたブログに逃げているわけだが、これといったネタもないので、この1ヵ月半でちょっと思ったことなどをメモしておく。

 恵方巻やめた

今年の節分から恵方巻をやめた。

家族みんながそろって一方向を向いて、黙ったままムグムグと一心不乱に太巻を食べる……。

傍(はた)から見たら気持ち悪いだろ、コレ。

何年か食べたけど、福なんか来やしねぇし。

福が来るのは売ってるやつらだけかよ、なんて思ってたら、近頃では売れ残りを自腹で買わされるようなこともあるらしく。

それでも残ったら、チョコとかと違って日持ちしないし、即生ゴミだろ? もったいな!

ごく一部しか得しないんだからやめたら?

ということでやめた。

この数年見ていた悪い夢からようやく目覚めたような、スッキリした気がする。

文科省天下り

結構長く引きずってるね。

天下りと言えば思い出すことがある。

二十数年前、私は転職して某国立大学の施設系職員になった。いちおう国家公務員だ。

何年かして公務員独特の世界に少しずつ慣れてきたある4月のことだ。3月に定年退職した同じ部の管理職だった人が、出入りの業者さんと一緒に背広姿で職場に来た。

(家にいてもやることなくて、遊びに来たのかな?)

などと思っていると、

「おうっ、よろしくな」

などと言いながら名刺を置いていった。

 

○○設備工業株式会社 技術顧問 誰野何兵衛

 

……は?

え、いや、だって、ついこの間まで…、え?

オタオタしているのは私だけで、上司は元管理職と談笑したりしている。

(はー、これが天下りかぁ……)

と妙に納得したと同時に嫌悪を感じたことを覚えている。

 

もちろん、定年退職者のみんながみんな、こういうことをするわけではない。

しかし、定年間近の人が酒の席で、定年後のことでも訊かれたのか、

「いや~、もう働かないでのんびりするわー」

などと言うと、周りのもう少し下の人たちが

「えー、もったいないー」

と言っているのを聞いて、それが常態化しているんだなと感じた。

「もったいない」というのは、その人の引退が建築や電気・機械設備・通信の業界にとって「もったいない」のではなく、再就職して給料もらって、退職するときにまた退職金がもらえるのに、というお金に対しての「もったいない」なんだということは、ウブな私(嘘)でもわかった。

この間まで上司だった先輩に「顧問」とか「参与」とか、どうみても「閑職です」という肩書を与えた業者に、現役の管理職が何らかの便宜を図ったかどうかは、下っ端の私にはわからない。

「のんびりするわー」が当たり前なのに、そう言った親父以上に歳の離れた上司をちょっと尊敬した私は、すでに「立派な公務員」になりつつあったのかもしれない。

私が公務員を辞めたのは、その数年後だった。

 

新しく法律ができようが風当たりが強くなろうが、引き締まるのはほんの一瞬で、今度はバレないようにと気をつけながら、またコソコソやるんだろうな、きっと。

なんの肩書もない若い頃は、「俺はそんなふうにはならない!」なんて思っていても、肩書がつく頃になると長いものにまかれていくんだろう、と肩書がつく前に辞めた私は思う。

私が生きている間にこの「不治の病」の治療法は見つかるのだろうか。